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第一章: 富士幼稚園での出会い

三浦健之介と岡田崇。

この二人の物語を語る上で、ファーストコンタクトは外せない。

出会いに関して、大多数の人間の場合、ファーストコンタクトというのは案外頭に残らないものだが、この二人に関しては、忘れる事の方が難しい衝撃的な出会いだった。

崇が高田馬場で叫びを上げる、遡ること22年前。
崇が5歳の時だった。物語は東京都練馬区、大泉富士幼稚園に健之介が引っ越してくる所から始まる。
富士幼稚園で、崇は年中から年長に上がり、平和な毎日過ごしていた。

「ねぇねぇ、たかし君たかし君! 今日はお昼の時私が隣に座っていいでしょ?」

富士幼稚園梅組で3番目に可愛い高橋愛子が、崇のシャツの袖を引っ張っている。

「ダメよ! 隣は私とれいなちゃんで決まってるんだから!」

直ぐに、梅組で2番目に可愛い橘詩音が愛子を崇から引きはがした。
一番可愛い姫川麗奈は、その様子を遠目で満足そうに見ている。

うめ組では、毎日崇の隣を争って女の子の抗争が勃発していた。
崇は「やれやれ」とでも言いそうな困った顔を作ると言う。

「じゃあこうしよう! 今日はあい子ちゃんとしおんちゃんとれいなちゃんでじゃんけん! かった2人が、ぼくのとなりっていうことで!」

爽やかに笑う崇とは対照的に、麗奈は突然立ち上がり気に入らない表情と声で言った。

「え!? わたしも? たかし君、わたしはとくべつでしょ?」

崇は両手を体の前で合わせて、麗奈にウィンクして言う。

「れいなちゃん、お願い? きょうだけだから、ね?」

「っもう! しょうがないな~。たかし君が言うなら、きょうだけね」

三人はじゃんけんを始め、結局麗奈と愛子が崇の隣に決まった。

一件落着。

しかしそれが終わると今度は、梅組で3番目に運動神経のいい望月俊太が崇の元へ駆けつけた。

「ねぇ、たかし君、たかし君! きょうのお昼休み、ドッチボールしようよ!」

すると反対側からは、2番目に運動神経のいい内藤涼真が言う。

「ダメだね! 昼休みはコオリ鬼やるんだから! ねぇたかし!」

梅組では、その日の遊びを何にするか、決定権は1番運動神経のいい崇にあった。
崇は本日2回目のやれやれ顔を浮かべると、

「じゃあきょうはドッチボールで、あしたはコオリ鬼をやろう! な? りょうま、いいだろ?」

と言って涼真の肩をポンポンと叩いた。
涼真は苦笑いをしながら、「しょうがないなぁ…」と首を縦に振った。
こんな毎日が、ずっと続いた。

つまり、崇はこの梅組のリーダーであり、ボスなのである。

背が高く、運動ができた彼がリーダーになるのは当然の成り行きだが、崇にはそんなことよりリーダーとしてもっと重要な資質を既に持っていた。

それは先陣を切る行動力と、場をまとめる統率力だ。

これは天賦の才と言ってもいいかもしれない。崇は争いごとを収拾させ、そしてグループを一つの方向に導く強い力を持っていた。

皆は崇を信頼し付いていき、その為うめ組の団結は、他の組を寄せ付けない強固な結束で結ばれていた。
今日も崇を中心に、平穏な一日が過ぎていく………はずだった。

そう、あいつが来るまでは。


皆で給食を食べ、昼休みも終わりに近づいた頃。
梅組の担任、エミ先生が手をパンパンと叩く。

「はーい、みなさーん! ちょっとここに集まってくださーい!」

園児は皆エミ先生の方を向き、「はーい」と言って一斉に教壇へと集まっていく。
崇も、何だろうと思いながら走っていった。

「みなさん! 今日は嬉しい報告があります! 今日から、うめ組に新しいお友達が加わります! うれしー!」

エミ先生は、そう言って園児向けのオーバーアクションで右手をビュッと伸ばして笑顔を作った。

「じゃあ早速入ってきてもらうね。健之介くーん!」

言い終わると同時に、ドアがガラガラと開き、そこからは大きな物体の影が見えた。

崇は、大人になっても、この時の事をスローモーションで見るかのように鮮明に記憶してる。

少し色黒の肌。背筋が伸び堂々とした歩き方。緊張の様子が微塵も存在しない凛々しい表情。全てが印象的で、崇は彼から目を離せずに、瞬きもせずにずっと彼を見つめていた。

「はじめまして、三浦健之介です。名古屋から引っ越してきました。よろしくおねがいします」

健之介はそうハキハキと言葉にし、梅組のみんなを見渡していた。

全員の視線が、三浦健之介という謎の男の子に集まっていた。それは、ただの視線ではない。神秘的な存在に出会った時に人間が無意識に作ってしまう、羨望の眼差しだった。
崇も例外なく、健之介の姿に息を飲む。

その瞬間だった。健之介の視線が崇の方向でピタッと止まった。崇の心臓はドクンと跳ね上がる。そして二人は見つめ合い、教室にはピキンとした静けさが張り詰めた。

一瞬訪れた静寂を切り裂くように、エミ先生の「はい! 拍手~!」の声が響き、園児たちは我に返ったように手を叩き始めた。

丁度隣に立っていた、3番目に運動神経のいい俊太が声を詰まらせながら崇に言った。

「け、けんのすけ君、おおきいね。たかし君くらいありそう」

崇は「うん」と返事を返すと同時に、あることに気づいた。
梅組の皆が、心配そうに自分のことを見ているのがわかった。
友達の顔をゆっくりと見回す。みんな見たことのない様な不安な表情をしていた。

次第に、崇の心臓鼓動が速く、そして強くなっていく。
崇は自分の役割に気づいた。

『ぼくは、けんのすけ君に勝たなきゃいけない。ぼくとけんのすけ君、かった方がこの組のリーダーだ』

崇は精一杯の力をふり絞り、口角を上げた。

『大丈夫だ! ぼくは勝つよ! みんな、僕にまかせて!』

心でみんなにそう語りかける。


みんなが不安の表情のまま、健之介のあいさつは終わり、午後の自由時間が訪れた。
教室にいる園児は、みんな崇と健之介を交互にチラチラ見ている。
エミ先生が園児の何人かを引っぱり、外に出ていったのが合図になった。

俊太が、崇に話しかける。

「わざわざたかし君が行くこともないよ! おれがやっつけてくる!」

そう言う俊太の両手が震えている事に崇は気づいた。
俊太は健之介の方に顔を向けると、ドシドシと歩いていく。

「おい、お前! おれと勝負しろ!」

健之介は俊太のことを見下ろし、表情も変えずに言う。

「いいけど、お前じゃぼくに勝てないよ。それに、ボスは後ろのそいつだろ?」

健之介の目線が、崇の方へとスライドした。

「…は、はは…お前がたかし君に勝てるわけないだろ! バカにしやがって! いくぞー!」

俊太は健之介に向かって、走り出した。

健之介は慌てるどころか、どこかつまらなそうな顔をしながら殴りかかってきた俊太の両腕をガシッと掴み、握りしめる。
俊太は驚いたような表情をし、そしてその顔はすぐに苦痛に歪んでいった。

「うっ、は、はなせ、、いた、いたた、いたいいたい! うわぁあああ!」

俊太の叫び声に、うめ組の皆は恐怖に震え上がっている。
健之介は涼しい顔をしながら、腰をひねり反動をつけ全身にエネルギーを溜める。

「特別に見せてあげるよ。なごやにいた時に、ぼくが身に付けたワザ」

そう言うと、俊太の体をグルングルンと回し始める。いとも簡単に俊太の体は宙に浮き、彼の叫びとともに、教室には園児の悲鳴がこだましていた。

「大車輪」

健之介は無表情のままボソっと呟くと、俊太の体を宙へと投げ捨てた。

俊太は床に打ち付けられ、鈍い衝突音とともに、俊太の「うあ゛ぁ」という声がこぼれる。
一瞬静まった教室に、すぐに何人かの女の子の泣き声が響いた。

「こんなもんか…」

誰にも聞こえないような声で、健之介の口がそう動いた。それに気づいたのは、2番目に運動神経のいい鈴木涼真と、崇の二人だけだった。

涼真が、静かに一歩、二歩と前にでた。

「りょ、りょうま君!?」

詩音と愛子が心配そうにそう声をあげる。
涼真は首だけ後ろに向けると、ニカッと笑い言った。

「しゅんた君のかたきは、おれがとってくる!」

「だめ! いっちゃだめだよりょうま君!」 「先生に言おうよ!」

詩音と愛子が涼真に駆け寄り、今にも泣きそうな声で言っていた。
涼真は、うめ組で一番ハンサムだった。それに運動も勉強も、全て梅組の2番目で、崇の右腕と言っても過言ではなかった。

涼真は二人に交互に微笑みかけると、順番に「ちゅ」「ちゅ」とオデコにキスをする。

「男には、やらなきゃいけない時があるのさ」

そう言うと、涼真は崇を見て言った。

「たかし、ふたりをお願い」

「あぁ…わかった」

崇は詩音と愛子の手を握り、後ろに離れた。
崇は、本当は前にでる涼真を止めようと思っていた。でも、振り向いた時の彼の顔に、あまりにも強烈な覚悟が宿っていることに気付き、声をかけるのをやめた。
崇は、涼真の後ろ姿に向かっていった。

「りょうま! お前は、勝てるぞ! りょうまは、世界でぼくの次に強い男だ!」

その言葉に、涼真はそっと右手をあげる。
目の前に来た涼真に、健之介は言った。

「さっきのザコよりはやりそうだね。見ればわかるよ。でも、お前でもぼくには勝てない」

「それは、やってみないとわからないだろ?」

涼真の額から汗がタラッと流れる。

「まぁそうだね。じゃあやろうか。いつでもどうぞ」

結末は一瞬だった。
2、3発、健之介の顔面を捉えたパンチもあった。
だが、健之介の顔に攻撃することに集中していた涼真は、下から迫りくる、海面近くの鳥を食いちぎるサメのような攻撃を認識することができなかった。

健之介の右のハイキック。それは正確に涼真を捉え、彼は何があったかさえ把握することができずに膝から崩れ落ちた。

「りょうま君!!」

すぐに、詩音と愛子が駆けつける。
そして涼真を抱きかかえたふたりは、健之介のことを睨みつけた。

「ひどいよ! どうしてこんなこと…!」

「ぼくからやったわけじゃない。こいつが勝手に、きただけじゃん。違う?」

その冷たい目に、詩音と愛子は背中から湧き上がる寒気に我慢できずに体を震わせる。
その後、何人かの園児が駆けつけて、意識の朦朧とした涼真を引き揚げていった。

健之介は「はぁ」とため息をつき、腰に手をやると、右の眉と右の口角を上げて言った。

「これでやっと、お前とできるわけだ」

全てを見透かすようなその瞳に見つめられ、崇は唾をゴクンと飲み、言った。

「しゅんた君もりょうまも、僕の大切なともだちだ。かたきは、うたせてもらう」

健之介はそれを聞くと、初めて見せる満面の笑顔を浮かべ、両の手を広げた。

「できるなら、どうぞ?」

崇は右手右足を後ろに引き、左手左足を前にだして、戦闘態勢に入った。
同様に、健之介も体勢を整える。

「やるまえに教えて。お前の名前は?」

「崇! 岡田崇だ!」

「たかしか……いい名前だ!」

健之介はそう言い終えると、初めて自分から足を動かした。
迫ってくる健之介に、崇は腰をグッと低くする。
健之介の左手が動く。
左ストレート? 崇は一瞬右手に力を入れガードしようとした。が、そのとき、左目の端で健之介の右足が動くのが見えた。
これは…さっきりょうま君を失神させた攻撃……右ハイキック!!
とっさに崇は左手に力を入れ、自らの左頬をガードした。

バッチン!!!

強烈な衝撃とともに、崇の体は後ろによろめく。
今まで経験したことのない、脳天を揺さぶられる一髪に崇の目がバッと見開いた。

『つええ! これは、本物だ!』

崇は、自分の内から相反する二つの感情が湧き出ているのに気づく。
強い人間戦える興奮と、負けることのできなプレッシャーだった。

『たかし君!』『たかし!』『負けないで…!』『やっつけろ!』『ナイガード!』

皆の声が聞こえてくる。
崇は心を鎮め、後ろを振り返った。
そこには右手でピースをきめ、眉をうにょんと曲げ、自信満々に笑う崇の姿があった。

梅組の皆の顔が、雲の切れ目から覗く太陽のようにパーッと晴れていく。
教室はいつの間にか、「たっかーし! たっかーし!」の大合唱が巻き上がっていた。

再び崇は、健之介の方に顔を戻した。健之介は、驚きに満ちた顔で笑った。

「すげーな、たかし! ぼくのハイキックを止めたのは、2人目だ」

ワクワク感を隠せない健之介の顔を見て、崇は言う。

「やっといい顔したな、けんのすけ! 最初からそうゆう顔してろ、ぼくと戦ってるんだからな!」

「やろぅ…!」 「次はぼくからいくぜ?」

そこからは、一進一退の戦いが続いた。

崇がパンチを見切ってギリギリでかわせば、崇のパンチは健之介にしっかりとガードされる。お互いが決定打を見いだせないまま、時間が過ぎていった。

「ハァハァハァ」

お互いに肩で息をしてる。教室で見守る園児たちは、いつの間にか無言で戦いを見守っていた。

「すごい…」

先ほど意識を取り戻した涼真が、ぼそっとそう言った。

「俺たちがかなわないわけだよ。レベルがちがう」

俊太が言った。

そして、ずっと状況を静観していた麗奈が意を決して、静まりかえった教室で大きな声を上げた。

「たかし君! 勝って! 私のために勝って! たかし君が一番って、証明して!」

崇はそっと口を開く。

「あぁ…わかってる。……ぼくは、うめ組のリーダーとして負けるわけにはいかない。うめ組みんなのために、僕は勝つ!」

うめ組の皆の瞳に、揺らぐ液体が滲んでいる。
麗奈はその液体を頬に伝いながら言った。

「…バカ」

「うおぉぉおおおおおおおおお!!」

崇の足が進む。これ以上ない程力強く、皆に背中を押され、フンババを倒すギルガメッシュのように。

大きく右手を振りかぶった。そしてその拳を、健之介の左頬をめがけ、思いきり振り下ろす。

これで、健之介を倒す。崇は、持てる力を全て込める。拳が中に浮いてる最中、健之介の顔がチラリと見えた。

あれ? どうして?

彼の顔は、寒気がする程冷静で、崇の拳を空を流れる雲のようにジッと見ていた。

ん? どうしたんだ、頭が急にクラクラするなぁ。
ひかりが眩しいな。ここは、どこだ?

『たかし君!』

「あれ、…麗奈ちゃん? どうしたのこんなところで。あのさここどこ?」

『なに言ってんだよ、たかし。遠足だろきょうは』

見渡すと、一面の草原で、僕たちは高い丘に生えてる、一本の立派な木の下にいた。

「りょうま…。あっ、そっか、きょうは遠足だったね。でも、うめ組のみんなの姿がないけど? エミ先生は?」

『俺たち先にきすぎちゃったんだよ、たかし君!』 「しゅんたくん…!」

『それよりわたしちょっと疲れちゃった』 「しおんちゃん…」

『みんなが来るまでちょっと寝てよっか』 「あいこちゃん」

『そうだね、少し寝よっか』『おひるね、おひるね〜』『たかしがどんどん先行くからつかれたよ、すこし寝よ〜』『たかしくん、となりいい一緒にねよっ』『あ、ずるーい、わたしも〜』

だいぶ歩いてきたから、僕も疲れたけど…。

「…やっぱちょっと皆のこと心配だから…ほら、途中で遠くにライオンがいたじゃん? 僕たちは襲われなかったけど…。ぼく、戻って様子を見てくるよ!」

『えー??』

「みんなは、ここにいて? ぼく行ってくるから!」

『…ったく』『ん〜、しょうがないなー』『そうだね』『たかし君が行くなら、俺たちもいくよ』『わ、わたしも行くっ!』

「…そう? じゃあ、みんなでいこっか!」

『うん!』

僕たちは、丘を下り、来た道を引き返す。
いつの間にか、隣にいた涼真が話しかけてきた。

『やっぱ、たかしはたかしだな』

「え?」

『責任感がつよくて、困ってる人がいると見過ごせない、ぼくら梅組のリーダーだ』

「なにー、急に? どうしたんだよ、りょうま」

『たかしが、だれかに負けるはずないってことさ…!』

涼真がそう言い終わると、崇の意識が戻った。
咄嗟に、崩れ落ちそうになっていた自分の足に力を入れ、何とかその場に踏ん張る。

ぼく…? そうか、健之介くんのキックを食らったんだ。
あたりから悲鳴が聞こえる。

崇は視線をあげる。そこには、無防備に肩からつる下がっている、二つの腕が見えた。

ガシッ!!

崇はその腕をしっかり掴み、握り締めた。

もしかしたら、現時点で、ぼくは健之介くんには勝てなかったのかもしれない。

…でも、健之介くんにはないものをぼくは持っている。

倒れそうな僕を、皆が何とか支えてくれたんだ。僕には、うめ組の仲間がいる。

崇は、腰をひねり反動をつけ全身にエネルギーを溜める。

「お、お前…!」

頭上からは、健之介の声が聞こえたが、崇が顔をあげることはなかった。
大きな健之介の体が、崇の手を振り解こうと必死に前後左右に動くが、崇がその手を離すことはなかった。

「なんだっけこれ? この技の名前? …あぁ、そうだ、思い出した」

崇はそう口走ると、健之介の体をグルングルンと回し始める。

「き、きさまあああああああああああ!!」

宙に浮く健之介が、そう叫んでいる。
梅組のみんなは、全員が胸の前で手を合わせ、固唾を飲んでそれを見つめていた。

「大車輪!!!」

崇の掛け声と同時に、健之介の体が宙に舞う。
崇は後ろによろめいた。そして倒れながら、健之介の様子をゆっくりと見つめていた。

ドスン! 健之介の体が床に打ち付けられ、そして崇のお尻も床に衝突した。

一瞬の静寂が訪れる。そして、その瞬間。「ワーー!!」と皆の歓声が教室に響き渡った。

「勝った勝った勝った勝った!!」

俊太が興奮覚めやらぬ様子でそう叫ぶ。詩音と愛子は涼真に抱きつき、涼真は「しゃー!」と目を瞑り拳を握っていた。
麗奈が一番最初に、崇のもとに駆け寄る。

「たかしくん!」

そう抱きついた。

「れいなちゃん…ごめん、しんぱ__」

崇がそう言い終わる前に、麗奈が崇の唇に熱いキスをした。
呆然とし、ゆっくり首を回す崇に、麗奈は言う。

「わたしの、ファーストキスなんだから」

目を潤ませる彼女に、崇は「…ごめん」と言う事しかできなかった。

ちょうどそのとき、ドアがガラガラと開けられエミ先生が入ってきた。

「何してるの!」

何人かの園児は、「エミせんせ〜い」と泣きながら近づいてる。

「はいはい、泣かないの〜! 何があったの? 先生に教えて?」

「…たかしくんが、けんのすけくんが、、うぁああああああ」

説明にならない言葉を出す園児を、エミ先生は「よしよしよし」とあやしている。

崇はその様子を見ながら、徐に立ち上がった。
あたりの園児は崇に注目をしてる。
ゆっくりと崇が足を運んだ先は、健之介がいる場所だった。
床に座っている健之介に、手を差し出す。

「うめ組にようこそ、健之介!」

そう言う崇の顔は、晴れやかな表情だった。

健之介は、「チッ」といい笑うと、崇の手をガシっと掴み、立ち上がる。

「まけたよ。まさか、大車輪を使われるとは思わなかった」

「ぼくも、健之介くんのハイキック、みえてなかった。…実はあのとき、いっしゅん意識が飛んだんだ」

「え!? そうなの? よく、踏ん張ったね」

「うん」

崇は振り向き、みんなの顔を見回した。
れいな、しおん、あいこ、りょうま、しゅんた、…みんな笑っていた。

「そっか…」

健之介の言葉に崇は振り向く。 「え?」

「ぼくには無いものを、たかし君は持ってるんだね。…ちょっと羨ましい」

健之介は、5才らしい、無邪気な笑顔を見せている。
崇は言う。

「健之介くんも、もううめ組の一員だよ。ぼくたち、もう友達だろ?」

健之介はゆっくりとうなずく。

「うん! ともだちだ!」

そうして、この一件はただのプロレスごっことしてエミ先生には報告された。

健之介は俊太と涼真に謝り、わだかまりもなく彼はクラスに溶け込んでいった。

健之介は、この出来事を崇のおかげだと思っている。

あのとき、崇が手を差し伸べてくれなければ、自分はうめ組の敵として見なされていたかもしれない。

一方の崇も、健之介と出会い、今までにない風がうめ組に吹くのを感じていた。

健之介のコミュニケーション能力は高く、崇以外のうめ組の子たちともすぐに仲良くなった。彼は名古屋の前はハワイの保育園に通っていたこともあったらしく、皆が知らない遊びを色々教えてくれた。

崇はうめ組のリーダーとして今まで通り皆をまとめていったが、組に新しい旋風を巻き起こすのはいつも健之介だった。