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プロローグ: 岡田崇と三浦健之介

「そういえばさぁ、俺とお前の出会いってなんだっけ?」

「は? 何急に? そんなん覚えてねーよ。お前覚えてんの?」

「いや、全然。なんか最初は印象悪かったことは覚えてるけど」

「ひでー。ま、どうでもいいから飲もうぜ!ほら、コップ空いてるぜ? はい、なーんで持ってんの? なーんで持ってんの? あ、飲み足りないから持ってんの! ほらドドスコスコスコ、ドドスコスコスコ_」

「わぁ〜たって、飲むよ、飲めばいいんでしょ〜……ゴク、ゴク、ゴク、ゴク…ぅっぷ、…う、う゛ぇええ゛え」

「うわマジか、ハハッ、こいつ吐きやがった、汚っねぇ! あー、でも最高だわーー大学生! ハハハ!」

27歳になった岡田崇は、この日、高田馬場駅前をスーツ姿で歩きながら、日本中に大量生産しているそんな大学生の会話を横目で見ていた。

12月20日。クリスマスが目前に迫り、街に溢れた学生は、自分に出来ないことは何もないとでも主張するかのような希望に満ち溢れた顔つきをしていた。

現に、ロータリーの群衆の中には半袖や半ズボンを履いている奴もいる。
そんな街の雰囲気を全身に纏いながら、崇の目は冷めきっていた。

数年前、崇もあちら側の人間だった。

バンドに命と魂を捧げた7年間。
自分の才能を疑わず、水が高地から低地へと流れるように、自然な流れでプロになれると思っていた。毎日練習して、仲間と飲んで語って吐いて、死ぬほど楽しい毎日を送って。

こんな毎日の先に、輝かしい未来が待っている。そう信じていた。

しかし運命の神様は、崇の人生の舵を、彼の思った方向にきることはなかった。

SNSやyoutubeでバズることはなかったし、息巻いて口にした、『25歳までに武道館に立つ』というシンデレラストーリーは、待てど待てど訪れなかった。

崇はプロになることができずに、夢破れ、悲壮感と惨めさに苛まれる日々を送ってる。

「…はぁ? うっせぇ…うっせぇ……うっせぇわ」

崇の口からボソッと小さな声でそのフレーズが零れていった。

ブー、ブー、ブー

右ポケットに入っているスマートフォンがなる。
崇はスマフォを取り出すと、呆然と前を見つめ、相手さえ確認せずに電話に出た。

「……もしも」

もしもしを言い終わる前に、そいつは言った。

「崇! お前の人生を俺にくれ!」

耳が痛い。声が大きいっての。崇はそう思った。

相手はすぐにわかった。幼馴染の三浦健之介だ。コイツが発する言葉は、大概突拍子もない。

人生をくれ? 意味が分からない。

「なにそれ? 愛の告白?」

健之介は「ふっ」っと笑うと、凛々しい声で言葉を返してくる。

「まぁそうだな、ある意味愛の告白だ! …やっとわかったんだ……俺のパートナーはお前しかいねぇって…。俺は1年後、会社辞めて起業する。俺についてこい、崇!」

トクン。

太平洋の真ん中。風もなく、見渡す限り誰もいない様な…そんな静かな崇の心の中に、一瞬にして突風が吹き、嵐が訪れた。途端に心臓が早く、そして強く鼓動していき、冷めきっていた崇の体は、いつの間にか灼熱の大地に降り立ったかのように熱している。

崇は自分の内から溢れてくる得体の知れないエネルギーと向き合うために、一度電話を切った。

「悪い、折り返す」

ブチ。

崇はその場に佇んでいた。

乱高下する株価の様に眉間に凹凸を作り、オリンピック選手が最後の力をふり絞るかの如く拳を握り、そして…この世に生を受けた喜びに打ち震えるかのように、笑っていた。

いつもそうだ。俺の日常に嵐を持ってくるのはいつも健之介だ。

めちゃくちゃだせぇ格好でめちゃめちゃシビれる事を言って、他人に興味ないって言う割には俺の人生に介入してくる…。そしていつも、俺の想像を超える事をしでかす男。

あいつの考え方、生き様は、悔しいけどかっこいい…。

そんな三浦健之介という男が、堪らなく憎たらしく、堪らなく好きだった。
さっきの言葉を思い出すと、心臓が溶けそうなくらい熱くて、そして痛くなる。

この感情が、嬉しいのか、寂しいのか、辛いのか楽しいのかさえ、彼にはわからない。
ただ自分の中心から噴き出るその言語化できない熱く凄絶な情念に、いつの間にか崇の足は駆け出していた。

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁあ あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あああ」

街中に響き渡る獣のような声に、誰もが振り返る。
12月の冷たい風を切り、道ゆく人にぶつかりながら、彼は走った。叫んだ。

「ふっざけんな、バーカ、バーカ! 何がバンドだ! クソが! 何が天才だ! この勘違いやろーが! 糞食らえだ… ぁああ、糞食らえってんだ!! ゴミ岡田! ゴミ崇!」

走った。息が切れるまで、心臓がはち切れる寸前まで彼は走った。
そして、どこまで走ったかもわからずに、崇は足を止め、嗚咽を吐きながら呼吸をする。

膝に手を当て、額からは滝の様に汗を流し、呼吸をしていた。
目を見開き、地面に落ちていく自分の汗を見ていた。
そして少し落ち着くと、崇は顔を上げて言った。

「いいよ健之介…俺の人生、お前にやるよ。まぁでも、お前にはぜってぇ負けねぇけどな」

そう言う彼の表情は、どこか晴れやかで、吹っ切れた清々しい顔をしていた。


これは、一つの物語である。岡田崇と三浦健之介の二人の青年の物語。

Timewitchに興味を持った人、そして岡田、三浦の人となりが気になった人は是非、足を止めてこの物語を見ていって頂ければ幸いである。